ヨーロッパの話①

17 2月

ドイツへいったり、イタリア行ったり美味しいもののところへ…
少しずつ平井三郎のヨーロッパでのお話をしたいと思います。

2005年の終わり、高円寺で書店員をしながら再び思い立ったのは、その年の夏でした。

またハムを作ろう…高校へ行きながらハム工場(こうば)で下働きをしていた思いが、ずっと残っていました。

まだ15歳か、そこいらの僕に先代の吉田工場長は、「お前が世界へ行って、歳とった俺たちを助けてくれ」と直火スモーカーにベーコンをかけながら言ったことを忘れなかった。

休みの日にドイツの地図を広げながらPCで失業率が低いところを調べていました。そこで選んだ街はバーデン=ヴュルテンベルク州にあるフライブルグ、新鋭なエコな街。国境付近の町だから週末はフランスやスイスへってのんきに思っていた。

初めはドイツ語なんてさっぱりわからず、まずは3ヶ月くらい居ようという気持ちだったはずが、当てもなく語学学校へ行き、ドイツ語を勉強しながら、商工会議所でハム・ソーセージマイスターのリストをもらい、市場にいってはそれぞれの店の製品をたくさん試食しました。そんな日々を送りながらマイスターの連絡先リストを片っ端からコンタクトをとって修業先を2ヶ月かけて探しました。

3ヶ月研修を認めてくれたビンダー氏の工場(こうば)は、フライブルクから、2時間行ったところの400人しか住んで居ない小さい村にありました。周り一面に広がるトウモロコシとひまわり、小麦粉の畑、そこはカイザーシュツール(王様の椅子)と言われる地域で、白ワインが有名なところでした。その村は、小さいパン屋と肉屋がひとつずつあるだけのいわゆるドイツの田舎。

3ヶ月経ったら、一旦帰国…なんて思っていたら、そのまま修業先になり、ヨーロッパでの生活が始まりました。

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