養豚の歴史

16 12月

養豚の歴史
<いつから豚は大量生産の対象になってしまったのか>

日本の養豚は明治32年に、アメリカから中ヨークシャー(以後中ヨーク)とバークシャーの中型種が贈られてから始まりました。なかでも鹿児島の島豚、長崎の唐豚、神奈川の高座豚は三大銘柄豚として盛んになりました。当時は芋と芋づるや残飯を餌に軒先で飼う家が多かったので「軒先養豚」と言われていました。家庭の余りものが片付き、糞尿は肥料になりますから農家にとっては役に立つ存在でもあったわけです。豚は軒先で土をほじくり返しながら遊んでいれば健康に育ち肉も良く締まります。
この「軒先養豚」の伝統が崩れるのは昭和40年代後半、芋より安いトウモロコシと大豆の市場開放がきっかけとなりました。高カロリーのトウモロコシを中型種に与えてみると、脂身ばかり増え、味も落ちてしまったのです。ところが同じ時期に輸入された大型種は高カロリーの餌を吸収してどんどん育つという経済性がありました。これが企業家養豚の始まりです。飼育数を増やすために豚舎の仕切りは狭くなり、床はコンクリート張りになりました。豚肉の値段は安くなりますが、一方で糞尿の垂れ流しは河川を汚し、悪臭が立ちこめるようになりました。暗い豚舎の中では、病気がちの弱い豚が増え抗生物質漬けの豚も話題を呼びました。
「軒先養豚」の伝統を踏まえ、新しい飼育方法を作り出していく、畜産公害も解消する、それがぴゅあハムの課題でした。この試みは有用微生物などの現代科学を応用して、成果を結びつつあるのです。

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