湘南ぴゅあ物語

15 12月

湘南ぴゅあ物語 <全3回> (1992年 ぴゅあ通信創刊号より抜粋)

1豚は木に登れない

<ハム創りへの出発>
湘南ぴゅあ(ぴゅあハム)は平井畜産の加工部として’82年11月に始まった。平井畜産は(養豚農家)は‘72年に現在の片岡畜産団地に移転し、安全でうまい豚肉の生産に取り組んでいた。それまでの10年間にわたる努力は着実に稔り、品質の良い豚肉が安定的に生産されるようになった。
しかし、今の市場流通での価格決定の仕方は、枝肉の外観に重点が置かれているため、品質の良し悪しは、二の次になっている。
そこで、良質の豚肉で本物のハムを作り、消費者と顔が見える関係を結ぼうという事になったのです。

<立法の目的が大切>
さて、いよいよ始めるとなると多くの問題に気がついた。誰が豚1頭をハムに創るのか、農振地に加工場が建てれるのか、建設資金や運転資金はどうするのかなどである。
まず加工場が合法的に建つ見通しがつかなければ、一歩も前に進まない。
「農業基本法」「農地法」「都市計画法」など、関連法規を徹底して調べた結果、農業用(畜産業を含む)施設であれば認められる事が分かった。しかしその頃、ハム加工場が農業用施設として認められた例は全国でもいくつもなかった。
県や市の担当者と、関連法規の精神に基づいて色々な側面から検討を重ねていくうちに、光がみえはじめたのである。

<科学と熟練技術の統一>
そこで、いよいよ手作りハムの研修にいく時が来た。千葉県にある加工場で、3ヶ月間やれば何とかなるだろうという事だった。聞くと見るとは、大違い、早朝から夜半まで。骨抜き包丁はポッキリと二つに折れるし、ロース巻きで手は水ぶくれになるし、ソーセージ作りでアカギレになるしの3ヶ月間だった。
さあ、これで美味しいハムが作れるぞとの思いは甘かった。確かに、肉をまるめてハムの形にすることや肉を刻んで腸詰めソーセージの形にするところまではできるようになった。
ところが豚肉の質や鮮度によって、塩漬け液に入れる添加物の量が異なる。また直火式燻煙機による乾燥、スモークは外気の温度によって時間が異なる、など大変な問題が完全に欠落していたのだ。
美味で安全な本物のハムを作るということは、科学的な知識と洞察力、そして熟練された技術力の統一がなされてはじめて実現されるのだ。なんと奥の深い、大変なことに取り組んだものだ。
あぁ豚はやっぱり木に登れない。

(次号に続く)

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